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名古屋高等裁判所 昭和50年(ネ)405号 判決 1976年7月20日

控訴人 清水清明

右訴訟代理人弁護士 江谷英男

同 藤村睦美

同 浜口雄

被控訴人 財団法人清水育英会設立準備委員会

被控訴人 辻井正之

被控訴人 亡清水英一訴訟承継人 清水庸道

被控訴人 広瀬英利

右四名訴訟代理人弁護士 村松俊夫

同 鍛治良道

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、当審における新請求を却下する。

三、当審における訴訟費用は、全て控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求める判決

一、控訴人

控訴の趣旨として、

1.原判決を取消す。

2.被控訴人らに、原判決別紙(一)記載の寄付行為の執行として、寄付財産の運用方法、理事者の数、任免方法の各修正変更をなす権限及び寄付行為の変更規定の新設をなす権限のそれぞれないことを確認する。

3.被控訴人らが原判決別紙(一)記載の寄付行為を原判決別紙(二)記載のとおり変更する権限のないことを確認する。

4.訴訟費用は被控訴人の負担とする。との判決を求め、当審における新たな請求として、「被控訴人らに、原判決別紙(一)記載の寄付行為の執行として、原判決別紙(三)の津地方裁判所伊勢支部の決定及び原判決別紙(四)の名古屋高等裁判所の決定による修正・変更をなして財団法人設立許可申請をなす権限のないことを確認する。」との判決を求めた。

二、被控訴人ら

主文第一、二項同旨の判決を求めた。

第二、当事者の主張及び証拠関係

次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、原判決八枚目裏末行の次に、被控訴人の主張として、次のとおり加える。

また、民法四〇条は「財団法人の設立者がその名称、事務所又は理事任免の方法を定めずして死亡したるときは、裁判所は利害関係人の請求によりこれを定めることを要す」と規定しているが、右補充は例示的のもので、右規定は、本人の遺言の趣旨が解釈上明白である場合には、遺言執行者が判断してなすよりも、裁判所が後見的立場からこれをなすのが適当であると考えて設けられたものであるから、遺言執行者たる被控訴人らは、設立許可を得るために必要という趣旨の範囲内であれば、その具体的内容を変更する権限を有すると解すべきである。

二、控訴人の陳述

1.原判決は遺言寄付行為の解釈を誤って間違った判断をしている。即ち、

(一)遺言寄付行為により財団を設立しようとする遺言者の意思は、すべて寄付行為に記載したところにつきるから、それを変更したり修正して財団を設立することは、たとえ財団の設立が許可となったとしても、これは遺言者の意思にそう財団の設立ではなく、遺言による寄付行為にもとづく財団の設立とはいえない。

従って、遺言寄付行為が許可基準に合致しないからといって、それに合致さすため遺言者の意思である寄付行為の内容と相違するような修正・変更は裁判所といえどもなしうるものではないから、たとえ、民法四〇条の補完に名をかりてなされたとしても、これは権限なきものによりなされたもので無効といわざるをえない。

(二)ところが、原判決は、「甲第四号証、乙第六号証によれば、主務官庁は行政目的実現のため財団法人設立につき一定の許可基準を定め、右許可基準に合致したものに法人設立の許可を与え、しからざるものについてはこれに合致するよう寄付行為の修正・変更等の行政指導がなされることが認められる。

このことは寄付行為が遺言によってなされた場合も同様であると解される。」とし、生前寄付行為と同様、遺言寄付行為も許可基準に合致するよう遺言寄付行為の修正・変更の行政指導がなされるものとし、遺言執行者又は設立中の財団法人は右行政指導に応じ、遺言寄付行為の趣旨を没却しない範囲において寄付行為につきこれが修正・変更または民法四〇条による補完の手続をなすべき職務権限を有するものと解すべきである、とする。

しかし、遺言寄付行為は生前寄付行為と違って遺言である性質上、行政指導になじまないもので、行政指導によっては勿論、その他何人もこれを修正・変更できない。

原判決は前記解釈をなす理由として、そうでなければ通常遺言者は主務官庁の許可基準を知悉しているものではないから、許可基準に合致しないからといってたやすく法人の設立が認められないことになると、法人を設立しようとする遺言者の意思は殆んど没却せられることになり、かくては所期の目的を達することが不可能となるからであるとする。しかし、遺言者が財団を設立したいという意思は、寄付行為の内容によって設立されることで、決して、これを修正・変更したものによって財団を設立することではない。このことは遺言者が許可基準を知っているか知らないかによって差異を生ずるものではない。

もっとも、原判決は無条件で遺言寄付行為の修正・変更を認めているのではなく、一応、遺言寄付行為の趣旨を没却しない範囲の修正・変更という表現をとっている。そうだとすると、原審は、本件遺言寄付行為につき控訴人は被控訴人らの主張するような修正・変更は遺言の趣旨と抵触し、これを没却することの主張も含めて、これをなしえないことを主張しているのであるから、この問題についての判断をするのでなければ理由不備のそしりを免れない。

2.確認の利益について。

(一)本件遺言寄付行為は公正証書により作成され、財団法人設立に必要な事項はすべてこれをもれなく明記していて、補完を必要とするものはない。

従って、遺言執行者又は設立中の財団法人は、右遺言寄付行為の定款の定めにしたがって設立許可申請をするのが本来の任務であって、これを修正したり変更して許可申請することは許されないものというべきである。

(二)右定款が許可基準に合致するかしないかは主務官庁内部の問題で、寄付行為それ自体の問題ではないから、有効になされた遺言寄付行為を修正又は変更して、たとえそれが設立許可となってもそれは遺言寄付行為に対する財団の設立とはいえないから、控訴人はその設立許可処分の取消訴訟若しくは財団法人設立の無効を求める訴訟を提起して控訴人の主張する権利若しくは法的利益を守る手段のあることは、原判決の指摘する通りである。

しかし、右の方法があるからといって、原判決のいうように本件訴訟の利益がないということにはならない。およそ、法的利益の救済を求める手段方法は一つに限定されるものではなく、当事者はより効果的なものと考える方法を選択してこれを行使するのが通常である。

本件についてこれをみるに、被控訴人らは控訴人と見解をことにする立場にたって財団の設立許可の手続を進めているのであるから、その許可・不許可をまって控訴人が原判決のいうような救済方法をとることもできようが、遺言の効力が発生してから一二ヶ年、最高裁判決がなされてからでも六ヶ年を経過しているが未だその結論に達していない現状からみて許可・不許可処分がなされるのは何時のことになるのか見当がつかない。控訴人は本件紛争についても早期に解決するにつき重大な利害関係を有することはいうまでもなく、早期解決をうる方法が法的に存在する以上は、かかる意味に於ても訴の利益あるものと解すべきであるし、本件の如き経緯にある事案については、原判決のいう事前に救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情があるものにも該当する。

なお、控訴人は亡千代二郎が生前になした本件遺言寄付行為の基本財産の一部をもってした生前寄付行為の設立代表者となっているので、その財団設立申請手続を進めるについても本件訴訟により被控訴人らの本件遺言寄付行為についての権限を早期に明確にさせる必要がある。

(三)以上の次第で、控訴人には本件遺言寄付行為を被控訴人ら主張のように、また、津地方裁判所伊勢支部及び名古屋高等裁判所の各決定のように修正・変更できるものとは解せられない。

被控訴人らは右決定をえたことにより、それによって本件遺言寄付行為に修正・変更をして財団の設立許可申請をしようとしているのである。

そして、遺言執行者又はこれに準ずる立場にあるものは相続人の代理人とも看做しうるものであるから、本件の如き権限の有無についての争いはその代理権限についての確定の意味もあり、その権限を超えると考えられる遺言の執行については、その遺言の執行について利害関係を有する相続人はこれを禁止又は防止する権利を有するものといわなければならない。

本件訴訟の利益はまさに、右控訴人の権利行使の一手段として法律上保護する必要のあるものである。

これにより、控訴人は被控訴人らの遺言執行に関する権利義務の範囲が確定でき、これは控訴人の主張する権利又は法律関係の確定に役立つからである。

3.請求趣旨の追加について。

被控訴人らは津地方裁判所伊勢支部及び名古屋高等裁判所の各決定をえたことにより、従前の財団法人設立許可申請を取下げたが、更に、右決定にもとづき設立許可申請をしようとしている。しかも、右各決定は実質的に本件遺言寄付行為を修正・変更し、右寄付行為と抵触する内容のもので、右決定があったからといってこれにもとづく許可申請は本件遺言の執行とはいえないので、実質的に控訴人の本件訴訟を求める利益はいささかもそこなわれていないから、当審において新たに請求を追加する。

理由

一、当裁判所も、控訴の趣旨2項及び3項の請求については、次に付加するほかは、原判決説示の理由によって、確認の利益がないと判断するので、原判決理由をここに引用する。

遺言執行者又は設立中の財団法人が、遺言寄付行為の趣旨を没却しない範囲において寄付行為につきこれが修正・変更又は民法四〇条の規定による補完の手続をなすことは、遺言者の最終意思を尊重する遺言寄付行為制度の趣旨に副うこそすれ、これに反するものとは毛頭考えられないので、遺言執行者らは右のような修正・変更又は補完の手続をなすべき職務権限を有するものと解すべきである。

ところで、控訴人は遺言の効力が発生してからすでに長期間を経過していること等の事情をもって原判決の指摘する事前の救済を認めないことを不相当とする特段の事情があると主張するが、弁論の全趣旨によって明らかなごとく、本件遺言寄付行為の執行が円滑に進展しなかったことについては、控訴人がこれを無効であると主張して執拗に争ったことに大きな原因があるから、控訴人の主張するような事情によっては未だ右特段の事情があるとは認め難い。

(なお、控訴人の趣旨2項及び3項にかかわる点は、いずれも原判決別紙(一)の寄付行為の補完の限度に止まるものと解されるので、右寄付行為の趣旨を没却するものとは認められないところである。)

二、当審における新請求について

控訴人主張の各決定が無効とは言えないことは前記引用にかかる原判決理由に説示のとおりであり、また、新請求についても確認の利益がないことは三にのべるところと同一である。

三、控訴人の本訴各請求は、要するに、被控訴人らが遺言執行者として財団設立に必要な執行行為をなす権限の無いことの確認を求めるものであって、その確認を求める利益は、財団設立が不許可となった時は、本件遺言にかかる財産を承継する停止条件付権利を控訴人が有することにあると主張する。然しながら、本件財団設立行為は、寄付行為執行者である被控訴人らと、民法四〇条による寄付行為補完の決定権をもつ裁判所と、財団設立の許可権を持つ行政官庁との三者の協力によって遂行されるのであって、行政官庁の許否が確定するまでは、右三者の各協力行為はすべて内部的な手続にすぎず、その協力の方法・権限については、右三者外の局外者には、その適法・不適法を争う余地のないものである。従って控訴人としては、右許可のあった段階において、右許可ないし遺贈の効力を争えば足りるのであって、右行政官庁の許否が確定していない現在、被控訴人らの寄付行為執行の権限の不存在の確認を求める控訴人の本訴各請求はいずれも訴訟要件を欠き不適法である。

四、よって、本件控訴を棄却し、当審における新請求を却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 植村秀三 裁判官 寺本栄一 大山貞雄)

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